部屋の片付け・整理をすると自分が何に価値を見出し、お金を使ってきたのか?がわかる

わたくしは、しがらみん。アラフォー漂流おひとりさまだ。

世間では10連休真っ只中らしい。
が、失業中の身には、これといった影響がない。

というのは、自分、今のところ90連休くらいかなあ?
だから、10連休と言われても、いまいちピンとこない。
つくづく休暇とは、勤労しているからこそ、その価値があるのだよなあと思う。

10連休中にやりたいことは部屋の片づけ・整理

とりあえず、世間の10連休にやろうと思っていることは、部屋の片づけ・整理だ。数日前からはじめた。平成から令和に変わる前に!!!やり遂げたいっ。

以前の記事で書いた約7年間、開けられずにいた大きな箱を、ついに開けた。

意外にもきちんと整理して保存してあり、傷みもほとんどなかった。蒐集していたガラクタを入れてあったのだけど、あまりにちゃんとした状態で、ちょっと拍子抜けしちゃったな。

以前から書いているが、私は子どもの頃から蒐集癖があったほうだと思う。それも、世間からみて価値のあるものではなく、わりとどうでもいいものを熱心に集めるところがあった。
大人になってかなりその傾向は減ったが、それでも、意味のないもの・無駄なものに、お金を投入しがちだ。

たぶん一般的な人(←どんな人間を「一般的」と呼ぶのか、「一般的」の基準が曖昧だが・・)が旅行や交際費など外へ向かうものにお金を使うようなところを、私はひたすら内にこもって、趣味の蒐集になけなしのお金を注いできてしまったかな・・と思う。

部屋にある物たちは、その住人を構成する一部

部屋の片づけ・整理をしていると、自分がいかなるものに価値を見出しお金を使ってきたのか?ということが、けっこうわかって面白い。

↑以前、このような記事を書いたが、部屋にはその住人の宇宙が広がっている。そこにある物は、住人を構成する一部といっていい。
だから、部屋にある物、お金をつかって手に入れた物などは、その住人が何を大切にして生きているのかという価値観をあらわすモノだとすら思う。

部屋を構成する物は、人それぞれ、まったく異なっているのではないかな?
とても興味深い。

自分の場合、部屋の半分近くは本で、あとはガラクタ・材料なので、私は、本とガラクタ・材料に価値を見出してお金を使ってきたんだな・・と思う。

自分でいうのもあれだけど、自分のお金の使い方、わりと嫌いじゃない。欲しくて買ったものばかりだ。他者にとっては不要なものだらけであっても。
ただ増えすぎている。もう少し吟味して、手放していくということも必要かなと思う・・。

これからも心から欲しいものに消費したい

部屋の片づけ・整理をしていると、自分の心の変遷が感じられて、けっこう面白い。疲れるけど・・。
ああ、あの時、あれやろうと思ってこれ買ったけど、今じゃ放置状態だな・・みたいな買い物もたくさんある。
今なら『買わなくてもよかったもの』だけど、当時は『欲しかったもの』などを眺めては、苦笑いする。
買い物の失敗談などたくさんあるけども、振り返ってみて、わざわざ買ったってことは、「買うという儀式」そのものが必要だったのかな?とか。

ともあれ、その時その時で、心から欲しいと思ったものに消費できればいい。物欲は年を重ねるにつれ、かなり減ってきていると思うけど、そんな状態でも「欲しい!」と思うということは、相当「欲しいもの」なのかもしれない。

心から欲しいものだけに100%消費するということは、難しいとは思う。
必要に迫られて買わざるをえない物・欲しくないけど必要な物もたくさんあるので、お金の使い道は複雑だ。
ただ、いつでもお金の使い道に納得したいなと感じる。

そんなこんなで、平成が終わろうとしている。
すっきりとした部屋で令和を迎えるために、もうちょっと部屋の片づけがんばろう。

考える日々,マネー・節約・倹約

Posted by しがらみん