社会から強制的に禁じられた感情『母親になって後悔してる』

現在40代独身女性の私は、これまで母親になったことはないし、この先も母親になることはない。

母親になったことがないので、「母親になる」ということが実際にどういった感情を呼び起こすものなのか想像の域を出ない。

独身者の私に、既婚者の知人(職場の同僚とか先輩とか過去の知り合いとか・・)が、ほんとうのほんとうの本音を話すはずがない。それは重々承知している。そんな母親である彼女たちから紡がれる言葉は、「いろいろ大変なこともあるけど子供を産んで幸せだよ」といったようなニュアンスのものだ。

また、ネット上に溢れる匿名の言葉たちの中でも、結婚生活や出産・育児の困難は語られても、母親になったこと自体への後悔はほとんど語られない。

「夫は非協力的だけど、子供はかわいいよ。母親っていいよ」「母親になって、何者かになれた」「母親になってからいつも新しい発見ばかり」「母親になって人間的に成長した」「仕事と家庭の両立は大変だけど、母親であることが日々の原動力になる」「辛く悩んだ時期もあったけど今は幸せ」などなど・・

さまざまなバリエーションはあるものの、基本的には母親であることに肯定的な言葉が語られる。大変だとか辛いだとか苦しいだとか、そういった言葉ももちろんあるとして、母親になったこと自体を後悔するような言説は・・少なくとも私は誰かの口から直接聞いたことがない。

母親にならなければよかったという後悔。その感情を口に出すことは社会から暗黙のルールで強制的に禁じられているといっていい。

あらゆる母親たちが結婚や出産、育児といったエピソードを語るとき、その道すがら困難や苦しみがあったとしても最終的にはハッピーエンドの物語が紡がれる。

ずっとずっと疑問だった。本当に本当にそうか?

すべての母になった女性たちは、誰一人として疑うことなく最終的には幸福になれるのか?母親になるという選択を「間違えた」と感じている女性はいないのか?

そんなときに読んだ本が話題作『母親になって後悔してる』だ。

著者はイスラエルの社会学者で、母親になりたいと思わない女性だ。

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著者は、母親になって後悔しているという女性たちにインタビューを行い、実際に母親になって後悔し続けている母親たちの秘められた感情にスポットを当てる。

この著書を読んで感じたのは、イスラエルという正直日本人の私にとってあまり馴染みがなく、宗教観、生活環境などが想像しづらい国の母親たち、女性たちの苦悩は、日本のそれと少しも違わないといったことだ。

女性であること、母親であることのアンビバレンス、苦悩や絶望や困難は、世界共通なのだとあらためて感じた。

学術論文であり、かなり読みづらい部分もあったが・・母親になって後悔している女性たちの悶えるような苦しみ、終わりのない苦悩が痛いほど伝わってきた。

こういった母親たちの本音、心の奥底からの叫びを日々の生活で耳にすることは決してないので(←社会がそれを許さないから)、この著書を通して彼女たちの感情を知ることができ、非常に考えさせられた。

特に印象的だったのは、経済的な問題や育児をめぐる環境が、必ずしも母親になった後悔につながるわけではない、ということだ。

つまり・・シングルマザーだったり夫が非協力的だったり、貧困だったり・・といった状況とは無関係に、母親になったこと自体を後悔している、といった女性が複数いたということ。

いくら夫が協力的でも、経済的に余裕があっても、育てている子供を慈しみ愛していても、それでも・・母になったことを後悔している女性たちがいる。母親という社会から強制された役割自体が重荷であるということ。

インタビューを受けた母親たちは、皆子供を愛しているし、育児に強い責任感を持ち、母親としての役割に真摯に向き合っている人たちばかりだ。

母親になって後悔しているからといって、今目の前にいる子供を愛してはいないということではない。それがまた辛く苦しく引き裂かれるような思いだった。

この日本でも、当然のように母親になることは正しいとされ、決して後悔など口に出してはいけない社会的圧力がある。だからこそ、母親になって後悔している女性たちの存在は社会から見えないものとされる。後悔を口にすることを禁じられているのだから、いないものとされる。

この著書は、後悔を抱いている母親の感情を丁寧に掬い上げ、様々な属性の人々の心を揺さぶる内容になっている。

もちろん、母親になって後悔などするはずもなく、それどころか心底幸せだと感じている女性たちも大勢いることだろう。いや、むしろそういった女性のほうがマジョリティなのかな?(それとも実際は本音を吐露する機会がないだけで、後悔している女性は実はけっこう多いのかな?)

この著書を通して、普段は見過ごされている後悔している側の言葉を聞くことができたし、何より、母親という役割が呪いのように女性の人生を縛るものだとあらためて認識した。

私自身は母親ではないし、これからも母親になることはない。家父長制を憎んでいるし、女性に押し付けられた社会規範を壊したいと強く願う。

だからといって、母親になった女性たちを「家父長制に加担している」と頭ごなしに否定することも違う。フェミニズムを知れば知るほど、ついついマジョリティ側の女性たちの選択にクエスチョンを感じてしまうことがあるが、それって私の思う”正しさ”の押し付けになってしまっているかも?といったことも内省した次第だ。著者もそのことについては最後のほうに書いてたな。

全ページ、そうかそうかそうか・・という論考で溢れてて、付箋だらけになって読んだ。

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おそらくすでに母親である女性が手に取る場合が多い本かな?という気がしたが、私のように母親ではない女性の立場から読んでも、非常に気づきが多い内容だった。

フェミニズム

Posted by しがらみん