仕事を探している失業者は6ヶ月過ぎたら「ひきこもり」なのか?

川崎の殺傷事件や元事務次官の事件など、最近は「中高年ひきこもり」というワードがより注目を集めている。

そんな中・・ひとつのクエスチョンが浮かんできた。

「あれ? ひょっとして自分もそろそろ・・ひきこもりの定義に当てはまっちゃったりする?」

ひきこもりの定義

ここでひきこもりの定義について確認してみたい。

上記の厚生労働省のサイトによれば、ひきこもりの定義は、以下のようになる(少しデータが古いようだが・・)

「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」

ん? これって、仕事を探していても、↑のような状態なら、「ひきこもり」ということになってしまうのだろうか?

求職活動が長引いている場合でも・・ひきこもり?

私のケースだと、現在無職5ヶ月目。ハローワークや求人サイトなどで仕事を探している。働く意志があり、仕事を見つけようとしている。仕事が決まったらもちろん働くつもりだ。

が!

厚生労働省の定義によれば、このまま無職6ヶ月経過してしまうと、求職活動してる・していないにかかわらず、「ひきこもり」ということになってしまうようだ・・。

私の現状を以下に書き出してみる。

・仕事や学校に行っていない(仕事を探しているが決まっていない)
・家族以外の他者との交流はほとんどない
・無職なので、ほぼ自宅にいる

おおお!今はまだギリギリ無職5ヶ月目だから、「ひきこもり」ではないようだが・・このまま求職活動が長引き6ヶ月以上過ぎれば、わたくし、「ひきこもり」ということになってしまうのだろうか?

一方で、求職活動が長引いて6ヶ月経過したとしても、家族以外の他者との交流があれば「ひきこもり」ではない、ということになるのか?

ひきこもりの定義の曖昧さ

「ひきこもり」の定義がよくわからない。

たとえば、潤沢な資産があってアーリーリタイアしていたり、個人投資家だったりしても、家族以外の他者との交流がなく自宅に6ヶ月以上いるひとは、「ひきこもり」ということになるのだろうか?

ちゃんと自分の食い扶持を稼いでいても、リタイア前に用意した食うに困らない資産があっても、自宅から出ることなく、家族以外と交流がなければ、「ひきこもり」なのか?

一方で、働いてない・学校も通ってないけど、友人・知人がたくさんいて、家族以外の他者と交流があるという人物なら、「ひきこもり」ではない、と?(このケースの場合、34歳以下なら「ニート」ということになる?)

う〜む。なんかこれ、ちょっとよくわからない曖昧な定義な気もする。

いくら経済的に自立していても、自宅でほとんど過ごし、家族以外の他者との交流が6ヶ月以上ない人間は、「ひきこもり」ということになるってこと?

孤独な人間は「ひきこもり」により近い

厚生労働省の定義によれば、私もそろそろ「ひきこもり」ということになってしまいそうだ。ひー。

「仕事の有無」よりも、「人間関係の希薄さ」が、より「ひきこもり」を「ひきこもり」と認定する強力な材料のようだ。

「ひきこもりの主婦」というワードもあるくらいだし・・。結婚していて主婦業をちゃんとこなしていて、なぜに「ひきこもり」ということになるのか?

家族以外の他者との関係が断絶している場合、婚姻の有無にかかわらず「ひきこもり」ってことになるのかな・・?

いろいろ調べていたら、「ひとりで外出するひきこもり」もいると。
趣味などで外出したとしても、そこに自分以外の他者との関係性が生じない場合「ひきこもり」ということになってしまうようだ。ひとりで買い物や映画鑑賞・美術鑑賞などは、自分ひとりだけで完結するため、いくらときどき外出したとしても、”他者との交流”には該当しない、ということのようだ。

キーワードは「他者との関係性」「希薄な人間関係」

引きこもりの定義が曖昧で、境界線がいまいちわからないのだが、キーワードは「他者との関係性」「希薄な人間関係」だと感じた。

とすれば、いくら毎日仕事へ通っている労働者であっても人間関係が薄い場合、ほんのちょっとのきっかけで「ひきこもり」になってしまう可能性がある。それこそ失業や介護などで・・。

私なんか、「6ヶ月以上働いてない」という項目を満たした瞬間、すぐ「ひきこもり」に該当してしまうようだ。自分の場合、仕事以外の人間関係がほぼ存在しないので、仕事を辞めてから半年経過すれば、ひきこもりの定義に当てはまってしまう・・。

なんだかちょっと複雑な気持ちがすると同時に、人間関係の濃淡が「ひきこもり」or「ひきこもりではない」を決める重要なファクターのようだとあらためて感じた。

ひきこもりは大きな社会問題(8050問題・7040問題)

もちろん支援が必要なひきこもりの方々はたくさんいて、大きな社会問題だ。よりひきこもりに近い人間の自分としては、他人事ではない。

求職活動が長引くにつれ、「このまま決まらなかったら・・」と気落ちしてきて、どんどん働く気力が失せてくる感覚は、かなりよくわかる。これまで無職になるたびに、幾度となく味わってきた感覚だ。

8050問題(7040問題)など、どうしたら解決できるのか。養ってくれていた高齢の両親亡き後、中高年のひきこもっている本人はどうなるのか。経済的な問題と精神的な問題がある。ひきこもっている本人と家族が、苦しみから解放されて日々を前向きに生きられることが一番だと思う。

その一方で、経済的に自立していたり、結婚して主婦であっても、希薄な人間関係ゆえに「ひきこもり」とされてしまうのは、ひたすら「?」だ。

わからん。

まとまりのないグダグダな文章になってしまった・・。

だらだら書き散らしてきて思ったのは、広義の意味での「ひきこもり」に該当する可能性がある人たちは案外多いのでは?ということ。

ほんのちょっとしたきっかけで(離職や介護など・・)、今は普通に働いていたとしても、ひきこもりになってしまう可能性は、誰にでもあるってことだと感じた。

他人事ではなく、すぐそこにある危機のような状態が「ひきこもり」なのかもしれない。

失業・無職,社会・労働問題

Posted by しがらみん