勤務最終日、あの人からビッグイシューを買いたかった
ビッグイシューってご存知だろうか。
街中で薄い冊子を掲げて立っている人(主に中年〜高齢男性)を見かけたことはないだろうか。特に都内の大きな駅周辺に多いような気がする。新宿や渋谷などで度々見かけている。
ビッグイシューとは、いわゆるホームレスの人たちが路上で1冊350円で販売する雑誌『ビッグイシュー』を、道ゆく私たちが購入することにより、ホームレスの方々の社会的自立を応援するしくみだ。
以下、ビッグイシューの公式サイトに詳細が記されている。とてもよくできたしくみだと思う。
ビッグイシューは市民が市民自身で仕事、「働く場」をつくる試みです。2003年9月、質の高い雑誌をつくりホームレスの人の独占販売事業とすることで、ホームレス問題の解決に挑戦しました。ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業です。ビッグイシューの原型は1991年にロンドンで生まれました。
先日まで働いていた派遣先へ向かう道すがら、ビッグイシューを販売している方を見かけた。利用していた駅は、複数路線が乗り入れているものの新宿や渋谷ほどの大規模な駅ではない。朝は働く人々で埋め尽くされるような、そんな駅だ。
毎朝、駅の改札を出たところの、同じ場所で、ビッグイシューを掲げて立っている60代くらいの男性がいる。
彼の胸には、「見習い期間中です」的な文言が記された、キレイにパウチされたようなプレートがゼッケンのようにかけられている。
そうか。この人は、ビッグイシューの販売をはじめたばかりの人なんだ。そのせいか、特に声を発することなく、ひたすら静かなのだけど、必死に訴えかけてくる様子が体全体から伝わってくる。
ほぼ毎朝姿を見かけていて、道行くサラリーマンたちは誰ひとり彼に近寄らない。そこに誰もいなかったかように通り過ぎていく。
私自身、毎朝気になりながらも、横目でチラリと姿を確認しつつ、実際ビッグイシューを買うという行動には移さなかった。
かつて、もう15年くらい前だろうか?ビッグイシューが日本で販売されはじめた初期の頃だったと記憶しているが、渋谷の路上でビッグイシューを購入したことがある。
当時の職場は渋谷にあり、その道すがら、ビッグイシューを販売しているホームレスの方がいたのだ。
それから長い年月が流れ、ビッグイシューは続いていたのだけど、街中で販売者を見かけることがあっても、特に購入することはなかった。
ところが、新しい派遣先で働きはじめてから、毎朝ビッグイシューを販売する方を見かけるようになって、
「初回契約で終了する派遣先。ここでの契約が終了すれば、もうこの駅へ通うことはないだろう。そうだ。勤務最終日の朝、この人からビッグイシューを買おう」
そう決めた。
勤務最終日の2日前、私と同年代くらいの女性が、そのホームレスの方からビッグイシューを購入しているのを目撃した。にこやかに談笑する2人の姿を遠巻きに眺めた。
おお、よかった。誰か買ってくれているのか。
それじゃあ、私は、2日後の勤務最終日に買う予定だから、その日を待っていてくれ。そう思っていた。
勤務最終日の朝は、生憎の雨だった。
雨の中、路上に立って販売などしていないだろう。
案の定、ホームレスの方の姿はなかった。私がこの駅をこの時間帯に利用するのは、この日が最後だ。
そうか、そういうことなら、もっと早く購入しておけばよかったな。
そう思いながら、昨日までこの場所に立っていた、なんだか穏やかな雰囲気の路上販売者の方の姿を思い浮かべて、彼のこれまでのストーリーはどんなだったろうか?などと考えていた。
この場所でビッグイシューを販売するに至るまでの長い長い軌跡。それはどんなだったろう。