【2025年を振り返る】歩いて歩いて、見限って見切りをつけて、またはじまる
あと数日で今年も終わりだ。毎年恒例、1年を振り返ってみたい。
2025年の自分にとって大きなトピックは2つある。詳しく書いていこう。
ひとつめ:私にとっての長距離ウォーキング元年
2025年は、私にとって「長距離ウォーキング元年」といっていいほど歩いた1年だった。
長距離散歩が趣味になってから、服装や持ち物の好みが大幅に変化した。歩くことを阻害しないか? よりよく歩けるか?それを常に優先して考えるようになった。
ウォーキングをより快適にするために、様々なアイテムを試し、ほぼ毎日シューズのことを考えていた気がする。
ウォーキングをはじめた頃は1日10km歩いただけで大きな達成感に包まれたが、今では1日30km程度歩けるようになった。もっともっと長く遠くへ歩いていきたいと思う。
長距離散歩するようになって、いろんな場所へ行くようになった。コロナ禍や病気の悪化もあり、ここ数年は休日は家にいることが多かったが、2025年は(自分にしては)かなりアクティブな1年だった。
普段は行かないだろうエリアのショッピングモールや大型施設など、様々な場所へ足を運んだ。外出ついでに外食も増えて、歩くたびに「目的地で何食べよう?」って考えるのがすごく楽しかった。
長距離散歩は私に様々なものをもたらしてくれた。歩くという原始の喜び。自分の足だけで想像以上に遠くまでいけるという実感。自分とひたすら向き合う時間。移りゆく景色と無数の人々の気配に包まれながら、ひとつのちっぽけな点となって歩いていく。最高だった。
来年は、さらに高み(?)を目指して歩いていきたい。最高だった。歩くって趣味に出会えたこと。最高すぎた。
ふたつめ:見限って見切りをつけて、またはじめる
あえて書くことを避けてきたが、12月末で派遣の契約を終了した。
長編小説1本書けるんじゃないかと思うほどの規格外な派遣先だった。耳を疑うエピソードは枚挙にいとまがない。
具体的に数々のエピソードを書いてしまうとあまりに身バレの危険性が高いので、それは控えることにする。
以前、続けるか終了するか悩んでいる記事を書いたが、あれから私は契約終了することを選んだ。
就業当初から業務量はかなり多いと感じていたが、組織変更でさらに業務負担が増え、今まで正社員がやっていた仕事が私担当になってしまった。
いち事務系派遣社員がやる仕事量と内容ではなかった。明らかに契約外業務の連続。これまでいくつかの会社で事務系派遣で働いてきたが、ここまで派遣社員にやらせる企業ははじめてだ。完全に正社員扱いの仕事内容と業務量(でも給料は派遣の薄給・・)
残業しないと捌ききれない膨大な業務量。日に日に増えていく残業時間。
同じ部署でも派遣社員によって業務量と内容に偏りがあって、できる人に仕事が集中する仕組み。不公平感が否めない。
さすがにおかしい!!といくら訴えても業務分担を見直そうとしない派遣先の上司。
すべてに嫌気がさした。
今回の契約終了については、「見限った」「見切りをつけた」って言葉がしっくりくる。
そう。私はうんざりだった。またしても都合いいように限界まで搾取されてしまったな、と。そして、もうこの派遣先を見限ることにした。3年満期までやりたい気持ちもあったが、心身共にそれは無理だってところまできていた。
何言ったってムダ。何もわかっちゃいない。昭和で時間が止まった古い体質の企業。
私とほぼ同時期に同じ部署の別ポジションの派遣の人も辞めた。彼女は朝7時半に出社して夜8時過ぎまで毎日残業してた。ありえない仕事量。彼女も私も何度もリーダーに訴えたけど、何も変わることはなかった。
普通派遣社員がそれだけ残業してたら、「業務量を見直そう」とか「人手が足りないから新しい人を入れよう」等改善を試みると思うが、それをするどころか、どれだけ残業しても構わないからやってほしいという返答。
さすがに呆れた。正社員ならそれなりの対価(給料や安定した雇用身分)を得ているのだから残業が多くても理解できるが、派遣社員の低時給で仕事は正社員と同じだけこなせっておかしいよな。
誰かが過度に負担を強いられて苦しんでいても、とりあえず仕事がまわってるなら、それでヨシ!!!って見て見ぬふりをする派遣先だった。不公平で不平等。がんばる人・仕事ができる人が割を食う派遣先。
でも、まあ表面上は穏便に終えられてよかった。やっと抜け出せたって気持ちが大きい。二度と御免被りたい。
おのれえ、低賃金でコキつかいやがって、許さねえええええ!!!って気持ち。
そういうことで、来年は無職でスタートする。当初は3年まっとうして無職になる予定だったが、少し早まってしまった。
今は、戦場のような毎日からやっと脱出できて、ようやく安堵できたこともあって、先のことを具体的に考えられない。
これから少しずつ考えていこう。
まとめ:2025年を振り返って
2025年は、かなり激動の1年だった。あまりブログには書かなかったが、シューズのことを考えるのと同じくらい、仕事のことは毎日毎日禿げ上がりそうなほど悩んでいた。
ま〜たまた貧乏クジひいちゃったよ〜〜〜〜〜!!!ってな。
でも、12月が終わろうとする今、とてもスッキリしているし、今回の派遣先には微塵も未練はないし、むしろ脱獄できてよかったああああ!!!!という晴れやかな気持ちだ。
今年は、懸念の持病もかなり症状が抑えられて、大学病院への通院も3ヶ月に1回程度で済んだ。来年も引き続き通院は続くが、この調子で症状が抑えられた状態が続くことをひたすら祈ってる。
わりと、活動的に歩いたこともよかったんじゃないか?と勝手に想像している。持病が重症化して大学病院送りになった2021年って派遣切りとコロナ禍のダブルパンチで、家に篭りっきりで心身とも不健全な状態だった。病気の悪化を加速させた要因のひとつだったんじゃないか?って振り返って思うんだよ。
来年も歩きつつ、また新しい道を考えていきたい。
しばらくは休息を入れて、歩くことに集中できたらなあって思ってる。最高だぜ、ウェルカム2026年。






















