あの頃の私の言葉を読ませてくれ

2018年8月29日

わたくしは、しがらみん。アラフォーおひとりさま薄給派遣社員だ。

私は、とにかく物に囲まれた生活をしている。といっても、正直、他者にとってはいらないものばかりに囲まれた暮らしだ。だから、いわゆる世間一般のものさしにおいて価値の高いものは、持っていない。

そんな私であるが、大規模な断捨離を敢行したことが2度ある。
1度目は、東日本大震災直後だ。
2度目は、10年間の一人暮らしを終了し実家に戻ると決めたときだ。

東日本大震災、そして実家へ

東日本大震災直後は、私以外にも、断捨離をはじめた人は多かったんじゃないかなと思う。あのときは、自分にとって本当に必要なモノとは何か?ということをしばしば考えた。

実家に帰るときの断捨離は、必要に迫られて・・という部分が大きい。
というのも、10年間の一人暮らしで、モノがむちゃくちゃ増えてしまったのだった。引越業者の人たちにも「これ、一人暮らしの量ですか?」と言われたほど、物が増えてしまった。実家には、もともとあった私の大量の荷物がそのままになっている。そして、私がいない間にも、物が増殖し続けていたのだ。
こ、このままでは、一人暮らしで増えた荷物が入りきらない!と、泣く泣く(?)断捨離を敢行した。

これら2度の大規模な断捨離で後悔していることがある。

復元できないもの・たったひとつしか存在しないものを捨てるときは慎重に

断捨離してしまって、後悔しているもの。それは・・

・過去の日記や過去の仕事の体験を綴った記録ノート

これは、私が生産したものなので、捨ててしまったら復元できない。

服や本なら、手作りの1点物でない限り、いくらレアものであっても誰かがヤフオクなどで出品しているかも。手放してしまっても、また入手できる可能性がある。

でも、自分で書いた日記や記録は、もう戻らない。
当時は、気分を一新したかった。過去のしがらみを断とう!という思いから、捨てた。大学時代につけていたノート数冊分の日記をすべて破って捨てた。

あと、過去の仕事の体験を綴った記録ノートだが、その仕事を辞めてしまったし、「もう必要ないだろう」とこれまた破って捨ててしまったが、実は今、それをとても読み返したい。
いろんな情報が書いてあって、当時の自分はもう必要ないと思ったのだけど、今の自分はそれを読みたい。大事なことが書いてあった気がする。当時の記録があったら、今の自分に役立つはずなのに。
なぜ捨ててしまった?

大学時代の日記も、捨ててしまって、ちょっと後悔している。

二十歳前後の自分は何を考えていたのだろう?

アラフォーになった今なら、純粋に当時の自分と向き合える気がする。
断捨離した当時は、30代前半だったから、まだ学生時代が遠くない感覚で自分の中に残っていて、だからこそ、捨てたかったんだろうなあ。
40歳目前になった今なら、もうちょっと冷静にあの頃の自分と向き合えるはずだ。

過去の自分との対話

まあ、日記は思っていることを吐き出して気持ちを整理するために書いた、ひたすら自分のためだけのものだったから、過ぎ去った日々のことを、あれこれ思い返す必要もないかな?って気もしている。

当時は捨てたかったんだからそれでいい、とも思う。ただ、今なら、あの頃とは違う気持ちで、過去の自分と対話できたろうに。
学生時代に思い悩んでいたことは、現在も同じように悩み続けている気がする。
なぜずっと同じことで悩み続けるのか?という疑問のアンサーを導き出したくて、過去の自分の考えを、今とても知りたくなった。

学生時代から20年ほど時が流れているというのに、私はあの頃となんら変わっちゃいない。なぜなんだろう?

ともあれ、捨ててしまったのだから仕方がない。
記憶の断片をかき集めて、今の自分に集中するしかない。

ただ、過去に、自分のためだけに書いた日記や記録が、ひょっとしたら今の自分にヒントを与えてくれるような気がしてならない。

苦しくて楽しくて苦しくて苦しかった日々を過ごした二十歳前後の私の言葉を、今の私に読ませてほしい。40手前の今なら、きっと静かな気持ちで、落ち着いて、ページをめくれるはずだったのに。

戻らない過去の記憶に思いを馳せながら、今を、今日を生きようってことだね?

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突如、頭の中でサニーデイが流れてきたよ。学生時代、よく聴いていた音楽。今日を生きよう。24時。

考える日々

Posted by しがらみん